6月 28, 2010 | In: 未分類
血統書つきの共産党、有田芳生さんのプロフィール
では有田芳生さんのプロフィール調べます。
有田 芳生(ありた よしふ)生年月日1952年2月20日 生まれ
京都府北桑田郡周山町(現京都市右京区)に生まれる。
父の有田光雄は、日本共産党公認で衆議院議員総選挙や参議院議員通常選挙に立候補したことがある。~労働組合運動の熱心な活動家だった両親は、ヨシフ・スターリンの実像が知られていなかった状況下で(ソビエト連邦でスターリン批判が始まったのは、スターリンが死亡した1953年以降である)、スターリンにちなんで期待を込めて「芳生」と名付けた。
京都府立乙訓高校を卒業後、~立命館大学経済学部に入学し、1977年に卒業する。
日本共産党系の新日本出版社に入社し、雑誌『文化評論』などの編集者となる。上田耕一郎と小田実の対談記事を担当したことがきっかけで党から査問され、1984年に新日本出版社を退社する。
あゆみ出版および晩聲社を経て、1986年にフリーランスのジャーナリストとして『朝日ジャーナル』の霊感商法批判キャンペーンに参加する。同誌休刊後は『週刊文春』でも統一教会報道に携わる。
その後も共産党員であったが、1990年に出版された『日本共産党への手紙』(教育史料出版会)の編集を手掛けたことが党規律違反に問われ、除名にまでは至らぬものの、同年除籍処分を受ける。
桜田淳子や山崎浩子らが参加した1992年の統一教会の合同結婚式以降テレビ出演が増加し、1995年の地下鉄サリン事件の際に連日メディアに登場し、1995年から2007年まで、『ザ・ワイド』(日本テレビ系列)のコメンテーターを務めた。その後も、オウム真理教事件関連などで複数のテレビ番組に出演しコメントしている。
2002年と2009年には、勝谷誠彦、加藤哲郎、重村智計、高世仁、日垣隆、湯川れい子とともに「意見広告7人の会」を結成し、北朝鮮による日本人拉致問題解決を求める意見広告を世界各国の新聞に掲載する運動を行う。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%89%E7%94%B0%E8%8A%B3%E7%94%9F
とウィキペディアにありました。
有田芳生さんのプロフィールを簡単に言えば、「共産党家庭で育って根っからの共産党員だったが、今は共産党的な考えもOKな民主党にいる。」という事になりますね。
先日のやまと新聞記者への暴言ですが、プロフィールを見る限りではそれらしい暴言や暴力事件は出ていませんね。プロフィールとは別に関連性が高いのが、統一教会員を狙った拉致監禁に関わっていた。というところになりそうですね。
過去に暴力事件を起していても今では反省してしっかり政治をやっているタレント議員もいますから、有田芳生さんの今後に期待いたしましょう!
有田芳生さんのプロフィールはこれでいいですね。
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